近隣の人が考えていることやニュアンスがわからない
「井戸端会議(いどばたかいぎ)」という言葉は、もはや死語でしょうか?今、この言葉を知っているのは何歳くらいの方でしょうか?
隣近所とか、学校の行事などのコミュニティで会った顔見知りの人とついつい話し込んでしまうことを指す言葉です。見かけなくなったのはいつ頃でしょうか。平成初期にはまだあったかもしれませんね。
よくあるシチュエーションとしては主婦が夕方、家族の夕食準備を始めるまでの夕方集まってたわいもない雑談を延々と繰り広げる、年間通しての風物詩でした。その井戸端会議の傍(かたわ)らで、それぞれの家庭の幼子(おさなご)たちが自分たちで工夫した遊びを繰り広げていました。子供たちにケガや事故が発生すれば、すぐそばにいる母親たちが協力して対処することが可能です。
そのような毎日のコミュニティがいつの頃からか無くなってしまい、隣人の考えていることはメール等の文字伝達だけになっていきました。感情や細かいニュアンスは実際に対面して、リアルに感じないとわからないものだと思います。
かかる負荷の種類が今と昔では違う
ストレスは、適度にかかったほうが健康には良いと聞きます。しかし、あくまでも“適度に”です。過剰なストレスは健康を害します。
私は昨年、還暦を迎えましたがおかげさまで心身ともに健康です。患っているのは“難聴&耳鳴り”くらいです。
“難聴&耳鳴り”を患ったのは20代前半.バブル経済が真っただ中の頃です。栄養ドリンクのテレビコマーシャルで「24時間、働けますか?」とやっていた時代でしたし、若く元気だったので仕事もプライベートも忙しかったですが、どちらもとても楽しかったです。
バブル経済がはじけた1990年代後半からは「失われた30年」などと言われているように、日本全体的に元気が無くなってしまった感じがあります。
言い表すとすれば、高度経済成長期~バブル期は各個人が能動的に動いて受ける負荷、それ以降は国の政策や周りの環境に従わざるを得ないことによる受動的な負荷。
同じ“負荷”でも、能動的に発生させてそれを楽しむ(ex.井上尚弥選手などトップアスリートのトレーニング)のと、受動的に受ける悲しくつらいだけの負荷(ex.労災案件、自殺案件)では全く意味合いが違います。そして、この境目(さかいめ)は「昭和から平成に変わる時期で発生した」と言えると思います。
バブル経済崩壊と期を一(いつ)にして、マイクロソフト社のWindows95がリリースされました。ここから怒涛の「インターネット環境の普及」が始まります。Windows98→Windows2000とアップデートして、Windows XPで一旦インターネット環境はピークを迎えた感がありました。私自身、「XPから先に進む必要性があるの?」と思っていました。これ以上、ネット環境が進むと“怖い”とさえ思っていました。
案の定、XP以降はWindowsだけではなくiPhoneなどのスマホも登場し、かつ技術革新が目覚ましいので人間がそれらのデジタルガジェットの急激な進歩に翻弄されていきます。
幼少期の家庭環境
さて、人が“精神的に強くなるために必要な条件”とはどんなものでしょうか?私が思うに、「環境」と「出会い」だと思います。
まず「環境」ですが、成長度合いに応じて家庭環境だったり職場環境だったりします。私の場合は、幼少期の貧しい家庭環境が一つ目の「強くなる要因」だったと言えます。
「逆境」は御多分に漏れず人を強くすると思います。金銭的な貧しさのみならず、両親の離婚も経験し、貧しいのに祖父母加えて親子三代で狭いボロ借家に6人が暮らしていました。そんな中でも私たち兄弟は少しでも楽しい日々を過ごせるように工夫しながら生活していました。
いじめにも会いました。“暴力”ではなく“無視する”ほうです。小学校高学年の時、それまで仲が良かった友達2人が急によそよそしくなり遠目であざ笑うという気持ち悪いいじめ。こんなこと親兄弟にも相談できませんでした。相談されたほうもどうしようもないでしょうしね。一年以上、耐えていました。
そのようなネガティブな状況が多かったこともあり、「大人になったら自分の土地と家を持ち、なるべく早く金持ちになりたい」と自然と考えていました。
社会人になってから
20代前半の怒涛の海外出張や、サラリーマンを辞めて飲食店経営者を目指した30代前半も、私を人間的に強くした経験でした。
計9回に及ぶ海外出張は「日本」という国を俯瞰して見ることができ、日本人の特性や日本国の良い面、悪い面を知ることができました。
また、それまでメディアや本でしか知り得なかった諸外国(先進国や発展途上国)をナマで見て歩いて、その土地々々の空気や匂いまで含む生活感を感じることができたのも貴重な経験でした。実際、30代半ばで行った韓国出張を最後に、海外に行けていないですしね。
“思い立ったが吉日”で、若い人たちは積極的に行動されたほうが良いと思います。
つづく
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