心にあることは口に出して言いましょう

以前、「心にもないことは言わない」という記事を投稿しました。心にもないことは言わない

今回は、その姉妹記事を書きたいと思います。

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私を叱咤(しった)した上司の真意とは?

社会人になって最初に勤めた会社で何度か海外出張させていただいた経験があります。

生産ライン設備の据え付けや改造、メインテナンスが主な業務でした。

オランダ40日、アメリカ半年、台湾二か月、香港二か月。

その間に人事異動もあり私の上司も変遷を遂げて、台湾に行く頃には私の8才年上の先輩が直属の上司に昇進していました。

海外出張にも慣れてきた私は完全に図に乗っていました。当時26才です。

一方、8才年上の先輩も部署のリーダーとなった責任感もあったのでしょう。

台湾の現地法人出張から戻った私に一発かましました。

上司「おまえ、2カ月も台湾行ってきてナニ残してきたんや」

ナカシマ「たいしたものは残していませんが、現地駐在員の日本人を癒(いや)すことはできました」

明確な業務指示がなかったのもどうかと思いますが、たしかに痛いところを衝(つ)かれました。

先のオランダやアメリカの出張と違って、この台湾出張では印象に残るような設備関連の本業での成果を残せていなかったのです。

このあと、売り言葉に買い言葉になっていきます。

上司「”設備のプロ”として行ってきたんやろ!おまえには”プロ根性”いうもんはないんか!!」

ナカシマ「私は”設備のプロ”ではありません。”サラリーマンのプロ”です!」

答えになっていません。

上司は呆れてそれ以上は何も言いませんでした。

さしずめ、「コイツはあかんわ」といったところでしょう。

今にして思えば「私は青かった」と反省しきりですが、当時は自分なりに組織の一員として、若手の持つバイタリティを発揮して頑張っていたつもりでした。しかし、甘かった部分があったことは認めざるを得ません。

一方、件(くだん)の上司が私の今後に期待してくれていたことは、半年ほど前から周りからの情報でなんとなく耳に入っていたのです。

私には、その上司の期待に応えるだけの実力が無かったということです。

期待している後輩が思ったように伸びてくれない時、がっかりしますよね。

親が子に対して抱く気持ちに似ています。

私もこの経験がなかったら、自分の娘に対して罵声を浴びせていたでしょう。

自分がされてイヤだったことは、私は他人(ひと)にしたくありません。家族にも。

期待し過ぎはダメ!

いわゆる「期待しすぎるのはよくない」というヤツです。

いずれにしても、その時は双方とも必死です。お互いの思いのぶつかり合いです。

今の日本の企業で、このようなぶつかり合いはあるのでしょうか?

「忖度(そんたく)」とか「空気を読む」という言葉が流行(はや)る世の中で。

少し注意しただけで泣いて退職する風潮で。

本音でぶつかり合わないと上の人も下の人も成長する機会がないのではないでしょうか?

管理会社の人にも私は結構、遠慮なく叱咤します。

それで離れていくのならそれでいいと思っています。

でも今付き合っている3社は幸い離れないでいてくれていますので、私という人間を理解してくれているのでしょう。そう思うことにしています。

心を通わせた会話はある?

これって、今の日本社会であるのでしょうか?

会社などビジネスの世界だけではなく、学校、町内などの地域社会、そして家庭。

今日は二女の中学校卒業式でした。私も妻と一緒に参列しました。

体育館の中はかなり寒かったのですが、それ以上に感慨深い良い式でした。

その中で二女の友達が目に留まりました。

どこか冷めた目。

うちに遊びに来ているときも楽しそうに遊んではいるけれども、目が生き生きとしていない。

幼い時に両親が離婚してお父さんに育ててもらっていましたが、中学になった頃に再婚。再婚相手との間に赤ちゃんもできたりして新しいお母さんになじめず、今は家を出て自身の母方のおばあちゃん家(ち)に転がり込んでいます。

今日、彼女の御親族がどなたか来られていたかどうかはわかりませんでした。

ドラマ「十字路」のワンシーン

以前の記事で書いたNHKドラマ「十字路~南国土佐編」の中に印象的なワンシーンがありますので御紹介します。テレビドラマ「十字路」

(注:現在、我が家にカセットテープ再生機器が無いので記憶に任せて書きます。)

主人公の木原(千葉真一)と田口(草刈正雄)は会社の先輩・後輩の関係です。木原は数年前に離婚して独り身、一方の田口は妻と実母との三人暮らし。妻は妊娠中。

高知に高級外車の買い取り出張に東京から来ていた木原と田口は商談が一日ではまとまらず、旅館に一泊することにした。実はこの商談には売主の娘A子と木原の見合い話も絡んでいた。

旅館で田口が一泊する旨を東京の家に電話すると、ちょうど嫁・姑(しゅうとめ)戦争が勃発している最中だった。(40年前ですから旅館の部屋に備え付けの黒電話です。チェックアウト時に精算されます。携帯電話はありません)

田口「あっちもこっちも泣かないでよ、泣きたいのはこっちなんだからさ。妊婦なんだからもう少し優しくしてやってよ、頼むよ。もう切るから」

ガチャッと電話を切って木原のいる座卓に戻り、ビールを木原と自分のグラスに注(つ)ぐ。

木原「大変だな、お前も」

田口「大変ですよ、まったく。・・・オレは木原さんみたいにカッコよくないから(笑)」

木原「なんだ、俺がかっこいいのか?」

田口「カッコイイじゃないですか、黙って惚れた女の元から去っていくなんて」

木原「・・・俺の別れた女房のことかい。そんないいもんじゃないよ」

田口「木原さん、いつも逃げてる。煩(わずら)わしいことからいつも逃げてる」

木原「・・・お前はどうなんだ」

田口「そりゃあ煩わしいですよ、女房とおふくろの両方にいつも泣かれて。でもオレは逃げないもん。女房とおふくろ抱えて生きていこうとしてるもん」

木原「俺は逃げたりなんかしてねえぞ」

田口「逃げてるじゃないですか。今もA子さんを好きな気持ち、その気持ちから逃げようとしてるじゃないですか!」

木原(うつむき、目頭を押さえながら)「何がわかるんだお前に・・・、何がわかるんだお前に何が!!

田口「・・・」

木原「俺は・・・、俺なりに女房を愛してきた・・・」

「人生」、人それぞれ

田口に痛いところを衝かれて、木原が思わず激昂してしまいました。

私も転職を繰り返してきたのは一種の”逃げ”だったと思います。

いじめに遭っている人は「逃げる」のが基本です。

いじめている人やその親に何を言っても無駄だからです。

「逃げるは恥だか役に立つ」というドラマも数年前に流行りましたね。

ブラック企業に留(とど)まるのもその人が決めた選択です。

ひとつ言えるのは、逃げようが逃げまいがその時々に「その人が選択した道」だったということです。「いい」「悪い」はありません。

まとめ

人間って、言われないとわかりません。

言ってみてはじめて、相手の今まで知らなかった一面が見えることもあります。

「一を聞いて十を知れ」なんて”勘違い”や”トラブル”の元凶です。

相手が今、どう感じているのか。自分のことをどう思っているのか。

我慢して事態が良くなることを願うだけよりも、早めに口に出して言うことでお互いに軽傷で済むことのほうが、はるかに多いです。

終わり

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