セミリタイアに向いている人、向いていない人

必然だったセミリタイア

私が四年前の春、「不動産投資」を開始したのは「必然」だったからです。

専業大家として始めました。いわゆる”セミリタイア”です。

・勤め人を、これ以上続けることは精神的、価値観的に不可能

・妻が正社員なので、「家計(生活費)を賄(まかな)える土壌」があった

・娘二人もそれなりの年頃になっており、家計がラクになる頃合いだった

・それ以前から、書籍で不動産投資の勉強はしていた

・専業大家として、残りの人生を生きていく覚悟を決めた

決め手は、「自分自身が”勤め人”というカテゴリーに向いていない人間と悟った」ということです。

想像が必要

セミリタイアや、アーリー・リタイアを望むなら、その後の生活をイメージすることが大事です。

と言いますのも、不動産投資家のブログを拝見していると「専業大家になってはみたものの、数年すると自由な生活に飽きてしまい、また勤め人を再開した」という方が一定数いらっしゃるからです。

勤め人に戻り、副業として不動産投資を続行することを悪いとは言いませんが、私はそういう成り行きには持っていきたくはありません。

なぜなら、”「起業した意義」を自ら否定することになる”からです。

やっぱり「甘い」

若干、厳しい言い方になりますが「一旦、専業大家(=不動産賃貸事業経営者)になったにも関わらず、”勤め人に返り咲く”ということは”退路を断っていなかった”ということになる」と思うからです。

私自身、甘い、弱い一(いち)小市民ですから、資金繰りが厳しい折りに「コンビニでバイトするべきだろうか?」とか、「また、就職活動するべき時が来たのだろうか?」とか頭をよぎりました。

また、自宅のポストに「クロネコ・メイト募集!!」等、パートやアルバイトのチラシが入っていると、電話を掛けようかと思いもします。

しかし、一線を越えないのは下記理由に依(よ)ると考察します。

・勤め人を再開してしまうと元の木阿弥(もくあみ)になる(人に仕えることを拒否して始めたのに)

・安易に「収入を補填(ほてん)する」ほうに向くのではなく、「自分の商品やシステムを開発する」ほうに向きたいと思う(と言うより努めて意識して、思うようにしている)。

「”専業大家”から”兼業大家”に戻っただけ」とか、「資金の補填を図るだけ」など、いくらでも理由付けできますが、結局は”勤め人に足を突っ込む”ことに変わりありません。

どちらが”良い”、”悪い”ではないのです。

ロバート・キヨサキ氏が提唱しているE・S・B・Iの、B・I側にせっかくポジショニングしようと決意したのに、E・S側に戻ってしまうのが”残念”なのです。

キーワードは「孤独」

やはり、投資家たるもの、「孤独」を愛することができるかどうかが決め手になると感じます。

孤独が苦手な人は大家塾やメンター、コンサルタントの存在を借りて、大家業を継続していける人も居ます。それとて、常時一緒にいるわけではないですから、その程度の孤独さえ耐えることができない人は勤め人に戻らざるを得ないでしょう。

一方、孤独がそれほど苦にならない人は、参考にする大家ブログや最初だけのメンターは居たとしても、その後は自分一人で規模を拡大し、”孤独な大家業”を楽しんで運営していくはずです。

ここで、「究極の孤独な大家」像を想像してみましょう。

・物件の管理はすべて「自主管理」。

・入居者とのコンタクトは事務的に、必要最小限。

・メンターは、最初のみで軌道に乗ってからは居ません。

・家族は持っておらず、独身。

・親、兄弟とも疎遠。同様に親戚付き合いも一切無し。

・融資は使わず、すべて現金での購入なので金融機関との付き合いも皆無。

さらに自身所有の物件には住まず、別途、単身で生活していれば歳を重ねていずれは孤独死して長い間、誰にも発見されない・・・、というホラーな展開も有り得ます。

幸い、私は管理会社に管理委託していますし、自身の家族も持っています。ですので、「孤独」死することは無い予定です(苦笑)。

マイノリティの方には向いている業態かも

一例として、”LGBTQ”と呼ばれる、いわゆる”マイノリティ性向”の方には、大家業はマッチするかもしれません。

物件のハード面、ソフト面の管理(毎月の家賃収入振り込み、入退去時の精算業務、入居者からのクレーム対応、共用部の清掃業務、原状回復工事や修繕工事など)は家賃収入の5パーセント程度の手数料で、すべて管理会社に外注可能ですし、そうすれば入居者と顔を合わせることもコンタクトを取る必要もありません。

関連記事「ジェンダーフリー・ジェンダーレス・LGBTの入居者はアリか?

まとめ

「セミリタイアする(=”勤め人”を卒業する)」という事象は、上記の通り、かなり覚悟の上で決定することが肝要かと思います。

「自分は、自由と同時に訪れる”孤独”とうまく付き合う自信があるか?」

「資金繰りのピンチ(=手持ち現金の不足)時に襲ってくる”孤独感”に苛(さいな)まれた時に”なにくそ!”と前向きに行動する(=勤め人に戻らない)自信があるか?」

勤め人に戻ることは”悪(あく)”ではありませんが、私は”逃げ”のような気がします。

関連記事:「投資家は孤独」の意味

       FIREムーブメントという概念について

終わり

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